脳の不思議な世界へ

感じるとはどんなことなのか

毎日の中で脳は使われ続けています。脳について学ぶともっと楽しい人生を迎えるチャンスが巡ってきます

今こうして生きていられるということ

小さな感謝ができていなからこそ

 

おはようございます。

 

今日の朝はなんだが曇り空で1日肌寒い日になりそうです

 

10月に入りいよいよ秋だなってなりますし

 

時々思うことがあるのですが、今日の一年前はどんな一日を送っていたのか気になるときがあります

 

「過去は振り返らない」といいますが、成長しているかどうかを確認したりするにも良い行動かと思います

 

自分を分析するというか.....まあそんなところです

 

一年前と言えば、過労死寸前で救急車に運ばれて入院して会社の保険の問題があったので15日までは待機ということで家にずっと引きこもっていたんだっけ

 

それから仕事にはもう復帰できないということで退職ということになり(勧誘退社ってやつかな?)そんな体やったらもうこなくていいよみたいな

 

時に過労死寸前と言っているけど、実に世の中にはそういった人が沢山いるわけです

 

私がおおげさに過労死寸前っていってるだけに聞こえるかもしれませんし、「残業が200時間オーバーなんか過労に入らん」って言われたりしたときはどういった世の中なのかと疑ってしまいました

「300時間とか普通にいますからね」

そんなことを競っても仕方のないことなんですが

 

以前に堀江貴文さんが書いた「多動力」だったと思うが、ブラック企業がなくならないのはブラック企業に勤めているからであるといっていたが、シンプルに考えればそうだ

 

なぜ辞めないのか?嫌な仕事をしてなぜお金を稼いで生活をしたいのか?

本当にそれしか仕事ができないのか?

本音で話すからグサッとくる

だからわかりやすくていい

 

遠回しに体には気を付けてと言っているよりも言ってくれた方が、行動できない自分だということに気づかせてくれる

 

今までの業種はみな一緒で自分の中ではそこそこ忙しかったから世の中が不景気だと言われている中では仕事はよくあったほうだと思っていたが実はただの仕事の取り合いで忙しかっただけなんだ

 

それから、今までとは真逆の生活を送ることを決めスローライフな生活を送っている

 

普通の生活がどのレベルかは私にはわからないが、生活が苦しいと嘆く前にもっと本当に極致になったときにこれは必要なことかどうかを少しでも考えたら必要ないかなって思えることが結構ある

 

人間なんてせいぜいご飯食べて寝ることは変わらないのだから、あとは捨ててもいいというぐらいの気持ちがなければ新しい行動に移ることなんかできやしない

 

義務というのは結局周りの環境によって作られたものだから、少しは肩の力を抜いてみるともっと自然に振る舞いができるのではないだろうかと思う

 

 

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