脳の不思議な世界へ

感じるとはどんなことなのか

毎日の中で脳は使われ続けています。脳について学ぶともっと楽しい人生を迎えるチャンスが巡ってきます

物事を上から見ているのではないだろうか

ストレスが溜まるのは価値観が養われていないからではないのではないかと思う

 

おはようございます

 

昨日の事です。何やらモヤモヤして人の声がする度にストレスを感じる

 

おおよそこの一年間を多人数の中で接触していない時間が圧倒的に多く、いつのまにか人を避けているからかもしれない

それもそのはず、多人数の中にいれば自然といろんな表現が耳に入ってくるのだから

 

怒鳴り散らしている声、不満や愚痴を漏らすばかりがほとんどしか耳に入ってこない

普段の会話がうわべばかりの言葉を並べてその場をやり過ごしていることが多いし

やはりそういった環境にいなきゃいけないってのも自分に何かあるわけだし、例えその場から離れていたとしても自分が物事に対する見方の力が全然養っていないからだとも思う。もちろん過酷すぎる環境では性格までもが変わってしまう

 

大丈夫!そういう人はそうなる前に防衛本能が働き近づかないようになるだけだからだ

 

しかし家に居たくないのは自分一人だけが悩みとして抱えているわけではない

いつも言われることだが考えすぎである。反対に考えていないかもしれないし。

 

今日の話題からそれ始めているので修正.......。自分が何かの分野で詳しい人だとする

 

そうなると当然だが初心者が意見を言おうとすると内容によっては業界を甘く見ていると感じることもあるでしょう。知らない人は入り口から見ているだけだからである

 

これを先程の日常ストレスと感じるのは知っている側の人間と知らない側の人間の2パターンから物事を見ることによってストレスと感じるのではないかと思う

 

私はどちらかというと知らない側の人間から見るストレスの場合が多いと思う

もちろんその反対もありますよ

 

実際に子育てもしていないし、家事も間に合わない人だと認める

しかし小さな子供に暴言吐いたり、「私はやっているのよ」と何かあれば口にしてしまうのを見るとものすごく悲しくなるし、自分が知っている価値観との違いにストレスを感じてしまう

全部が全部を見ているわけではないけど(もしそうだったらショック死しているわ)

やはり環境が心を閉ざしてしまうのかもしれない

 

そういった環境で伸びてきた人はまた同じようなことを他人に与えることがほとんどだが多い

 

さらにその環境から自分を磨き自重して言葉を交わせる人は非常に少ない

ここを目指さなければならないと思う

 

道徳心って普段から意識することって難しいですからね

 

口では「ああ、そうなんですか」と言えるけど心から理解して言える人間を目指したい

 

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